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こんにちは。お元気ですか。
ここ数ヶ月、ずっと疲れた疲れた・・と思っていた私です。 疲れにも時差があるようで、忙しかったのは随分前なのですが。 でも、もうそろそろ抜け出せそう。 決めなければならないことが決まりつつあるからかもしれません。 店を始めてから、秋冬に働いて春夏にぼんやり?する・・というリズムになりつつあります。 ぼんやりと言っても店は開けてますし、水面下では色々計画したり、思考したりしていて。 大体2月のバレンタインで忙しさの山を過ぎて、3、4月は仕込みの季節なのでしょう。 その結果、というかまだ芽生えくらいですが、5月の連休明けにお披露目出来そうです。 ちょっと、店の雰囲気を変えようと思いまして。リニューアルです。 より「コーヒー専門店」であることを内外に示そうと思ったわけです。 内外の外はお客様で、内は・・結局自分自身ではないかと。 すぐに自分がコーヒー屋であることを忘れてしまいがちなので。 喫茶店だっけ、イベント屋じゃないのか、などなど。 でも、何をやるにも真ん中にはまっすぐ「コーヒー」という芯を通しておかないとね。 そのために、なぜか店の手直しが必要になったのです。 本当は店を開ける時にやるべきだったことを、4年目の今になってやっと手をつけた感じです。 なぜ今、いまさらに。思うところはたくさんあります。 でも実際動き出すのにはこれだけの時間と経験が必要でした。 考えて、準備して、テストして、はい、スタート!と進められる方がうらやましい。 私はtrial and error、動きながらでしか進めないのです。 駅からも街からも離れたあの場所で、小さなコーヒー店を営むこと。 便利な店やサービスの良い店を作ることは諦めました。 とはいえ来て下さった方には喜んで貰いたい。来て良かったと思って頂きたい。 そのために、どうしたらいいのか。 今まで以上に、コーヒーに集中すること。 お客様と共に、私もHappyであること。 そのために、そのために。 おそらく、リニューアル後は"店の中に店が出来る"という感じです。 前から私が言っていた「タバコ屋、キオスク」型のコーヒー店を作ります。 それ以外の場所は、ただの空間になるでしょう。まだ、白紙。 4年前の初冬、とりあえず始めました・・!と開店したあの頃のように。 またああでもない、こうでもないと言いながら手を入れていくつもりです。 多分、通りすがりのお客様からは 「ここなんの店?」「なんだか不便になったね」と言われるかもしれない。 でもいいんです。それでもコーヒー屋なんです。 もしかしたら、なにか面白いことも起きるかもしれない。 そんな予感すらしています。 なんて楽観的なんだ、わたし。 でも、そうじゃなかったら、店なんてやってられませんから! 今月は27日まで通常営業し、5月の9日から再スタートです。 見た目はそんなに変わらないかもしれません。 でも、随分違うかもしれません。どうぞお楽しみに・・!
自分でも忘れかかっているこちらのブログ・・。
(店の情報などはこちらの公式ブログをご覧下さい) それでも、時折覗いてくださる方がいるようなので、久々更新。 コーヒーを焙煎すること、味わうこと。 ただ自分で楽しんでいるだけなら、何も考えることは無いのですが その経験や情報を誰かと共有したり、記録するとなると 数値化したり、分類したり、文字や図で表現出来るデータを取る必要がある。 めんどうくさがり、いいかげんの私ですら、コーヒーを焼き始めたころは 毎回タイムをとったり、テイスティングを数値で表したり・・をやっていた。 とは言え、正確な温度や、公式な表現には特殊な機器や訓練が必要となる。 工具片手にDIYしたり、どこかにお金を払って会員になったりは 意味あることとは言え、感性の自由を奪われると思い、 それに置き換わる方法を自分なりに探してきたと思う。 耳を澄まし、匂いをかぎ、舌が感じた刺激をイメージに置き換える。 これは、かつて関わっていた中国茶の影響もある。 お湯の温度は急須の底を触って確かめる。蓋の香り、器の残り香まで楽しむ。 体温の変化を感じ、感覚の変化、酔いを丹念に味わっていく。 こうして自分自身にデータと経験を積み重ねることで、分かることもある。 このコーヒーはおいしいのか、よく焼けているのか、何が悪いのか。 そこに迷いが生じなければ何よりも確かな指針となり、 それさえ分かっていれば、表面的な情報に惑わされることも少なくなる。 今は、コーヒーに関する情報がそこここに溢れている。 その名前、その評価、その数値は絶対的なものに見える。 でも、本当にそうなのか?もしそのデータが偽りであったら? 論理を信じるものは、論理にだまされる。 研究とは理解することではなく、常に疑うことにある。 情報には幅広く触れておく必要があり、決して怠ってはならないが それを人に伝える時には全身で吸収して、再構成したものでなければならない。 人から聞いた話そのままを話す人を、わたしは信用することは出来ない。 今目の前にあるものを、ありのままに見ること。 よいものは祝福し、心から愛すること。 わるいものからも学ぶこと。批判しないこと。 そんな風にして、わたしは今日も、コーヒー、コーヒー、コーヒー。
今年もふと気がつけば11日ですね。
みなさま、今年もよろしくお願いいたします。 …ありがたい事に、年末年始はゆっくりお休み出来たので、 大変リフレッシュになったのですが、 頭が…真っ白に。というのは言い過ぎですが。 しかも今週から来週にかけて、私にとっては大きな イベントごとがあるのです。 と言っても、店とは関係なく、全くのプライベートで。 そうか、分かった。 このぼんやりは、そこにから発生しているのだな。 人それぞれ、プレッシャーとの向き合い方があると思うのですが、 私の場合は[ぼーっとする]というのがそれらしく。 子供の頃から発表会や大きな試験前、また成人してからも 何かと大事な時に、この症状が出るのでした…。 楽しいことなんです。それは。 ただ、あまりにも私にとって大切で。 それを終えて私は、再び日常に帰って来られるのか。 ちょっぴり不安になるような冒険でもあり。 まぁ、それでも日々は再び続いていくことを、 大人になった私は知っているのですが…。 そんなわけで、いつもに輪をかけて、ゆるりと時の流れている当店です。 穏やかな光。湯気を上げるやかん。 さて、コーヒーでもいれますか。 店主がすっきりと目を覚ますには、もう少しお時間を下さいませ。
ここでいろいろ募集をしてみたら。
お菓子の人には出会えました。ありがとうございました! おそらく寒くなる頃までには、皆様にご紹介できると思います。 また、編集者さんとは少し違うけれど、 自分の過去をきっちり振り返るきっかけを作って下さる方に 再会できました。おおぉ。。ありがたいことでした。 こちらのほうは、寒くなった頃にか年明けくらいに 内容をご報告できるかと思います。 ここを見て、来て下さったのかは分からないけれど・・。 書いてみるものだと思いました!ありがとうございました!!
再び、文章を書く訓練をしたいと思っています。
一度挑戦して、講座を受けたのだけど どちらに進んだら良いか分からず、続かなくて・・。 そんなわけで、またむしの良い、たずね人募集。 たずね人(4) 編集者さま いつか、自分の本を出したいと思っているのです。 それは、コーヒーにまつわる本になるだろうと思っていたのですが、 なにより自分自身のテーマは、「いかに生きるか、働くか」なんだなぁと 改めて思うこの頃で・・。 お客様との会話も、コーヒーについての話と同じか、それ以上に お客様と、自分自身の現状とこれからの行く末について話していることが多くて。 自分の過去と言うものは、自分で都合よく編集しているもの。 頭では分かっていたけれど、過去に自分が書いてきたものを振り返って冷や汗が出た。 こんなこと言ってたんだ!考えてたんだ!なんて馬鹿なんだ・・(汗) ダメな部分は省略して、現在に繋がった結論ばかりを自分の経歴だと思っていました。 でもそこにいたる数々の失敗も、今も自分の肥やしになっているはず。 いいもわるいも含めて、自分自身をもう一度振り返りたいと思っているのです。 文章を綴ることを通じて・・。 ある1人の歩いた軌跡が、また誰かの他山の石になることを願って。 「どうしてコーヒーなんだろう?」それが、私のスタート地点。 誰か、伴走してくれませんか? 一冊の本が形になるゴールまで・・。
呼吸する大気、口にする水、食物、よって立つ大地を
心身ともに受け入れられなければ、生きることの真の喜びは無い。 だが何を受け入れ、拒むかを選んだとしても、その全ては返ってきて帳尻を合わせるだろう。 世界を汚したり、恐れたりするのは自分。わたしは世界を受け入れようと思う。
今週、ある料理研究家の方のエッセイ出版によせたお話会に伺った。
その人のお仕事の仕方や料理への考え方について伺って、 頭の中でがーん!と音が鳴るほど考え方の転換が出来た。 本当に、行ってよかったー、な時間でした。お誘い下さった方に感謝です。 そして。 料理のことだけでなく、生き方についてもたくさんの示唆を受け取った。 その中で覚えていたいことを書いておきます。 これを読む方にも伝わったらいいなぁ。 私が20代の頃は、雑誌のタイトルなんかに 「好きを仕事にする!」なんてフレーズがよく出てました。 そういう考えは甘いと言われる気がしたけど、 当時心の奥底で望んでいたことがそれだったので、 そう思うのは私だけじゃないんだなーなんて思ったものです。 でも、好きを仕事にするって難しいな、 生活していけるだけの収入を得るには仕事が限定されるし、 好きな仕事に就いても、好きな事だけ出来るわけじゃないし・・とも思っていて。 その料理の方は、小さい頃から料理が大好きだったけれど、 料理を仕事にしたくない!と思っていたのだそう。 仕事にすることで、自分の理想が壊されるのではとか、 自分の望むようには出来ないのではと思っていたとか。 しかし、とある事情で自ら働かざるを得なくなり、 奥の手と思っていた料理を仕事にするしかないと思い、 時間が自由になる、食品の卸売りから始めたのだそうです。 (自分で飲食店を開くと、毎日一日中店にいなければなりません。 私が20代でカフェ経営を諦めた理由のひとつです。) そこから様々な経験と出会いをなさって、今では料理は天職と思うそう。 それは、自分が信じるとおりにやっていっても、 周りの人が支えてくれて仕事になることが分かったからと。 そしてそうやって好きだと思うことをやっていくと たくさんの奇跡か起こると知ったから。 そして今は夢や目標は全て叶ったからもう持っていなくて、 与えられることや起こることを何でも、前向きに受け止めていけるようになったと おっしゃっていました。それを楽しめるという、自信が伝わってきました。 その方の人生は、決して順風満帆というわけではなかったようなのですが、 何かが起こるたびに立ち上がり、チャンスとあれば全力で臨んで来られたのでしょう。 そして常に「自分がどうしたいのか」と向き合い、その実現に挑んできたのだと思うのです。 私はといえば、その方とは比べ物にならないほど小さなスケールで生きているけれど、 自分がどうしたいのかについて、仕事と家族については常に考えてきたと思う。 その中では、確かに自分がよいと思うことをやっていいのだ、 迷った時はそれを信じるしかないのだと思えるようになってきた。 ただ、その後他の人と話していて気づいたのだけれど、 対人関係においてはその経験を全く生かせてないのでは?と思ったのだ。 自分が人との関係についても、こんな友人になりたい、 こんな風に一緒に過ごしたいという願いは確かに持っていたはずなのだ。 でも、その実現には相手のあることで、自分の思い通りにはならないと諦めていた。 また自分の願いを叶えるために、相手に合わせなければならないことを億劫に感じていた。 だからほどほどに付き合うか、関わるのをやめるかの2択しかなかった。 仲良くなるより、距離を置いて諦める方が得意だったのだ。 好き(=願望)を仕事(=現実)にすること。 そんなこと、しなくたっていいのかもしれない。 今のままで生きられるなら、きっとそれもいい。 好きを仕事にするのは、それが正しいからじゃない。 そうしなくては生きられないから、そうでないことが辛くてたまらないから 必死で、無我夢中で、それに挑んでいく人たちがいるのだ。 私はまだまだ、その道の途中。 少しずつでも、私は今度は人々の中に自分の道を見出していきたいと思い始めたところだ。 +++ 付記;その会の翌日にtwitterに綴った、私が受け取ったメッセージ。 「自分の興味を突き詰め、イメージを実現することを繰り返していくとたくさんの奇跡が起こる。 その経験を通じて、自分に与えられる素材や出来事がどんなものであろうと前向きに 受け止めることが出来るようになる。・・そういう自信が持てたら、日々はどんなに輝くだろう。 この世界に悪いものなんてない!」
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