わたしがコーヒー屋になった理由。
読書をする楽しみは色々ありますが、何か気付きを得る、発見の喜びもあると思います。
今読んでいる対談は、もう何度も読み返しているのだけれど、
今回ひっかかったフレーズは
『内的なイメージを他者に提示しようと思ったら、物語にするしかない』というものでした。
イメージという英語を和訳すれば、画像という意味も出てくる。
心の中の画像を誰かに見せることは出来ないから、
人は語ったり、絵で描いたり、歌ったりする。

例えばコーヒーの味なんていうのも、本来的には内的なイメージですよね。
それを「これはどこ産の豆で中煎りで、花の香りがして・・」なんて説明することもありますが、
言葉ではどうしても伝えきれないこともある。
だから私はコーヒーを焼き、挽いて淹れる。うまく伝わればおなぐさみ。
予想しない反応も、また楽しい。
しかし言葉も説明ではなく「物語」を語れるなら、イメージを伝えられるのかもしれない。
もしもこの抱いているイメージを言葉で描けたなら、
わたしはコーヒー屋ではなく、物書きになれたのかもしれないと思ったのです。

思えば幼い頃から、自分の中にあるイメージを吐き出したいと思っていたようです。
ひたすらビーズ細工に没頭したり、紙を小さく切って形を作ったり。
ある時は、迷惑なほど長い手紙を書き続けたり、絵と詩をノートに綴ってみたり。
でも、それらは物語にはならなかった。イメージはわたしのなかに渦巻くばかりでした。

それがなぜコーヒーなのかは分かりません。紅茶でも、ビールでも、パスタでもなく。
豆を煎って、挽いて、ドリップする。それを誰かと共有する。
ただそのことが私のこころをほぐし、喜ばせてくれる。
その本には『物語をつづることは自分を癒してくれる』というフレーズも出てきます。
イメージの表現はただの1人遊びではなく、他者との交流を通じての
治癒行為でもあるのです。

それは、私のための行為かもしれない。
でもそれが、誰かを楽しませ、ひととき疲れを忘れさせることが出来るなら。
そしてそのことが、また私を前に進ませてくれるなら。
そんな風に私は働きたい、そして生きたいと願っています。
もっと違った形で、もっと有効に出来るならと思うこともあります。
ですが今のところ、わたしにとってそれは、コーヒーなのです。
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by cafe_caraway | 2013-07-07 17:58 | つれづれ
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