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今の思い
あまりにも時間が空くこのブログ。
今日はどこに書いていいのか分からないことを書いてみます。
この頃、詩とか歌とか芸術に触れる機会が多いので
こんなことが浮かんできたのかもしれません。

***


たとえば。

楽しい音楽を聴いて楽しい気分になるのは当たり前だと思ってた。
甘い香り、酸っぱい香りと感じる感覚は皆同じと思ってた。
必ずそうとは限らないし、そういうこともあることの不思議。

同じ人間なのだから、という表現の当てにならなさ。
同世代、同じ出身地、同性だから、分かることもあるけど分からないこともあること。
その前提で全てを疑ってみること、あるいは信じてみること。

そうやって揺さぶりをかけ、振るいにかけた意識に重心を置いて誰かと対峙してみること、あるいは何も考えずにただ向き合うこと。

世界を見つめ直すことは、こんなにも面白い。
学べば学ぶほど答えは多様に、かつシンプルになっていきます。

私は何を言ってるのでしょうね?
分からないようで、きっと分かるはず。
# by cafe_caraway | 2023-05-22 13:27 | つれづれ
12回目の。
12月5日は、coffee carawayの開店記念日。
毎年、この日が来るたびに2008年のその日を思い出し、
なにかお祝いをしたり、ちょっとしたサービスをしたり、
あるいは何もしなかったりしている。
去年の11周年は何をしてたのかな?と思うけれど
このブログには何も書かれていない。
きっと、11月下旬にやった大きなイベントで燃え尽きて、
淡々と日々をこなすので精一杯だったのだろう。

今年の12/5は土曜日で、スタッフさんの出勤日。
だから私は基本的には不在なのだけど、
ちょっとした“ありがとう”を用意しようかと思う。
本当は私が直接お迎えすべきなのだろうけど、今年はあえて。

2020年が、こんな年になると予想した人もきっといないだろうし
誰もがそれぞれに、大変な1年だったはず。
けれど、その大変さがあまりにそれぞれ過ぎて、
うまく共有できないのが辛いところだと思う。
私にとっては、「人との距離感」が最大の課題だった。
ソーシャルディスタンスという言葉が広まり、
距離を置くことがマナーにもルールにもなった今年。
ある人の、「今年は人の本音が聞けなかった」という言葉が刺さった。
近づいてはダメ、恐い、でもずっと離れているのも寂しい。
リモートという形で人と繋がってみても、残るのは
新しい技術に触れたという初回の新鮮さばかり。
結局は、いつもよりいっそう人の表情や声色、そして
本人がそこに居ることを感じたいという思いが募った。
目の前にいる人でさえ、遠く感じてしまう。
それでいて、近づき過ぎて無自覚に傷付けあってしまうことも増えた。

coffee carawayと看板を掲げ、お客様を待つ仕事をして12年。
正直に言って近頃、私のこころは今にもくじけそう。
『アルケミスト』という小説に、砂漠のオアシスで暮らす少女が出てくる。
いつ戻るとも分からぬ恋人を待ち、いつ襲われるか分からぬ敵に怯える日々は
彼女をどんな人間にしていくのだろう。
それでも心折れず、真っ直ぐに生きていくには何を信じれば良いのだろう?

人との距離、自分の居場所、そこでの立ち方。
ここに居ると決めたから、訪れてくれる人がいる。
もしこの時代に、私が家に留まって仕事や生活をしていたら
きっと寂しさと、生きる手ごたえの無さに自分を見失っていただろう。
だから私はこれからも、おそらく店を続けていくのだろう。
いつも笑顔ではいられない、落ち込んだりふてくされたりもしてしまう。
そんな弱さを抱えながらも、それでも人と触れ合っていたい。

また、新たな出会いを喜べるように。年末はゆっくり休みをいただきます。
自分がこんなに弱いなんて、知らなかった。それもまた、自分との出会い。
みなさまにも、しばしゆっくり立ち止まる時がありますように。

2020年12月 coffee caraway 12周年に寄せて


# by cafe_caraway | 2020-12-02 15:49 | つれづれ
政治的であるということ
忘れないように、書いておく。

【せい‐じ〔‐ヂ〕【政治】 の解説】 デジタル大辞泉(小学館)より
1 主権者が、領土・人民を治めること。まつりごと。
2 ある社会の対立や利害を調整して社会全体を統合するとともに、
 社会の意思決定を行い、これを実現する作用。

以前、もう10年近く前か、私は友人との会話の中で
「私は自分のことを政治的な人間だと思っている」と言ったことがある。
自分でも変わった発言をしたと思ったし、その時の友人の腑に落ちない顔も覚えている。
場面は学生時代の友人宅での飲み会で、ある1人がなにか日本の政治家について批判していた。
私には、その批判はあまりにも表面的で、なおかつどこかのマスコミの意見をなぞっている
ように聞こえた。今思えば、それが彼女の本当の意見だったかもしれないとも思うのだが、
その時はなんとなく苛立って何かを言い返したのだと思う。
それに対して「じゃあ、あなたは誰を支持しているの?」というようなことを問われ、
私は特に支持している政治家はないと答えた。
それについて「それなら政治に関心が無いのでは?」と問われたことへの答えとして、
支持する政党や政治家はない、しかし自分が関心が無いとは思わないというつもりで答えたのだった。

実際に私が日本の政治に関心があるかというと、選挙に行くことを義務として自分に課すだけで、
まさに表面的に、マスコミを通じて今のニュースを追うくらいで、あるともないとも言えないと思う。
しかし、そうではない「政治的な在り方」というものがある、とこの頃改めて思ったのだ。

私たちが暮らす場所、共に暮らす人、仕事の内容、そのやり方。発する言葉、その全て。
それは、自分自身の信条を示すものであると思っている。
私がいつも正しいと思うことをしているなんてとても言えないけれど、
同意しないことに同意しないとか、関わるべきでないと思うことに関わらない、
そういうことの積み重ねが、世の中の向かう先に影響すると思うし、それも政治的活動だと考えている。
この、消極的とも言える政治的態度を基本として、なおかつ必要とあらば
自分の信条を述べることを厭わないという姿勢が、私の基本的スタンスである。

今、世の中が非常に不寛容になっていて、常に誰かの粗探しをしてその場所から引きずり降ろそうとしている中、
自分の思うことを正直に発言したり、行動することはとても勇気のあることだと思う。
その中を生き抜くために、うまいこと笑いに変えたり、程よくバランスを取ったりできることが
これまでの賢い生き方だったのかもしれない。
しかし、今はそういうことが通用する時代ではないのだと思う。
周りが不審げな顔をしようと、不快に思われて反論されようと、自分が本当に思うことは言っていいのだ。
私はこう思う、それを聞いてあなたはそう思った。そのことをそのままに共有すれば良い。
絶妙な落としどころをその場で探す必要などない、ただその違いがあるということをまず知ることが大事だ。
その違いを思いやり、自分が譲れることは譲る、譲れないこともあっていい。
少なくとも、相手に譲らせようとしたり、無理やり説得したりしようとしないことが
これからの世の中では必要とされていくのではないか。

私はそのような政治的な人間であるが、優しい人間ではない。
だから、目の前にいる人をただおもてなししたり、仲のいいふりをしたりはしない。
喧嘩腰である必要はないが、まずはお互いがどのような人間か知る必要があると思っている。
誰もが大切にされる権利を持っているが、そうされるための礼儀というものもあるだろう。
そういう考えを、自分の生き方をもって示している。
そのことを、忘れずにいようと思い、ここに記す。





















# by cafe_caraway | 2020-06-14 14:05 | つれづれ
もう、ここまで来たら思うこと。
お久しぶりです。carawayです。
まだなんとか、店を続けています。

2020年、希望に満ちた祝祭の年になるはずだったのに。
なんでしょうね、びっくりするほど地味な生活を送っております。
そう、それはもちろん「コロナ」の影響です。

去年、ラグビーW杯で盛り上がってたこととか遠い昔みたいです。
仕事上では、スタッフさんの出入りがあって
賑やかだったり、イベントだったり、
あれこれ忙しかった気がする2019年。
そうそう、ギャラリーイベントを企画したり、
いつもとは違う挑戦もしたのでしたっけ。

それもあってか、年末にはすっかり息切れしてしまって
今年はなんというか、あまり新しいことに向かう意欲は湧かない気分でした。
まずは、日々の営業をやって行こうと。

とはいえ、色々楽しみな計画もあって、
4月、5月は忙しくなりそう…と思っていたら。
緊急事態宣言。そんな大きなことが、起きるなんて。

あれやこれやで、先の計画はみな延期、あるいは中止になって、
楽しみにしていた芝居のチケットものきなみ払い戻し。
ビデオ会議やコンテンツの無料配信など
新時代が到来したような変化や、
地元の飲食店や、人気で行列するお菓子屋さんが
テイクアウトや通販を始めて、気楽に手に入るようになったり。
がっかりなこと、楽しいことが行ったり来たりして
非日常が日常みたいな、予定は未定的な日々が
この2ヵ月ほど続いていたのでした。

もうね、こんな時だからね。
自分を甘やかしてばかりの私でした。
頑張らない。毎日起きて、仕事しただけでえらい。
ちょこっと感情的になってしまった時も、
それはそれで。ごめんなさいで。
いやーもう、みんな頑張ってるから、
余裕が無くて当たり前ですよねと思っていました。

5月の末に宣言が解除になって、ですがまだまだ
元どおりというわけには行かない6月。
どこまで、なにを、緩めて良いのか。
誰も定かには分からないまま、手探りに歩き出している今です。
(いつか、未来にここを読む私のためにも書いています。)

今は久々に、カフェでぼんやりしています。
でもこんな時間も、これからは減るかもしれない。
直接は関係ないけれど、店のシフトも変更になって、
基本平日勤務になることになったので。

でも、やっぱり頑張るのはやめようかな。
休みたい時は、休んでしまおうかと思います。
よし、頑張るぞと力み過ぎると、なにかと空回りする私なので…

今一番やりたいことは、旅に出ること。
知らない街、懐かしい街を歩き、気になったものを見て、疲れたら休んで。
日常からしばし離れて、生きるだけ、感じるだけの私に戻る時間が欲しい。

あぁ、でも。
今わたしは生きているんだなぁと思いました。
生きているって、自分だけの問題だと思っていたけど、
実は相対的なことでもあるのかもしれません。
そしてあの人も、生きている。今、同じ時間に。
そう気付いて湧いて来る感情を味わってみると、
それは泣けてくるようなありがたさ、申し訳なさのようなものでした。
私なんか、別に。なにかお役に立つ人間でもないし。
それでも、生きている、そのことはどうしようもなくあるのだなぁと。

この先の見えない時期に、なにかを成すことが出来ないのであれば、
まずは自分の持分をしっかりやり切ること。
それは仕事ですらなくて、ただ生きるということを
こつこつと、やけにならず、やるということが
私の今やるべきことなのではないかと思いました。

人のことを心配したり、国や世界を憂えたり。
そんなことに疲れたら、まず今日はしっかりご飯を食べよう。
なんというか、そんなことがつらつらと浮かんでくる午後なのでした。

ああもう、これはコーヒー屋のブログですらないですね。
でもこれが、今わたしの考えていることです。

# by cafe_caraway | 2020-06-10 16:16 | coffeehour
10年を超えて。
お久しぶりです。1年ぶりのブログです。
そもそも今、ブログってみんなやってるの?とか思いましたが、
あ、まだあちこち盛り上がってるなぁと気づく2018年年の瀬です。

そうそう。おかげさまで先日、coffee carawayは開店10周年でした。
10年ひと昔とかdecadeとか言いますし、ひとつの区切りなのだろうと感じます。
本人としては、やっと1周したのかなというか、やっと一人前なのかなというような
ちょっとひと息つくような感じの感慨がありました。

10年やって、何か変わったかなと考えましたが、
とりあえずこの秋、人生で2台目の焙煎機を購入しました。中古です。
弘法筆を選ばずというし、機械にはこだわらないと思っていましたが汗
昨年くらいから、煎っ太郎くん(本名、というか正式な製品名)の不調が続き、
“そろそろかなぁ・・・”と思っていたところ、お世話になっている方から
中古焙煎機が売りに出てると教えていただきました。
気軽に買えるような値段のものではないし、これまでの私ならお断りしたと思うのですが、
なんだかすっと、「ぜひご紹介ください」とお返事してしまったのは、
やはり10年経ったからなのかなと・・・。

あと、10年やったら「これが俺の強みだ!」みたいな自負も出てきそうなのですが、
どちらかというと、今思っていることは
「あぁ、私って色々足りないところがあるから、皆さんに助けて頂けるんだな」ということです。
わりと突っ張る(突っ走る?)性格なので、1人でなんでも進めてしまいがちなのですが、
まずはプロに任せるところから始まり、ここ数年は、頼れることは人に頼るようになりました。
何もしていなければ、誰かに気づいてもらえることもないとは思いますが、
コツコツ、反応が無くても、自分なりに目の前のことを楽しんでやっていくうちに、
「これ、やってみたら?」「これ必要では?」と声を掛けてもらえたように感じています。

改めて、なんで店を10年やって来れたのかな、と考えてみました。
(このブログを始めた2006年の9月から、ネット通販はやっていましたが)
おそらくそれは、自分の「できること」と同じかそれ以上に、
「できないこと」について向き合ってきたからではないかと思いました。
自分ができないことを認めるって、できるようになるのを諦めていいのか?とか、
努力を怠っているように感じたりもすると思います。
自分に対しても、他人から見ても。
ですが、何かができないことが明らかなのであれば、
そのままにしておくくらいなら、すぐに手を打つ。できないなら他の方法を考える。
そのことが、自分の「できる」を伸ばしてくれたような気がします。

新しい焙煎機が来て、試行錯誤をするのはとても楽しいです。
そして先月から新スタッフさんが入り、これからの変化も楽しみです。
2年間頑張ってくれたスタッフSちゃんは、もうじき卒業。
とっても頼もしくなった彼女のこれからも、やっぱり楽しみです。

未来がどうなっていくのか、誰しも気になるところですよね。
そういう私も、星占いなど見るのが好きなのですが、
実際、「そう言われてもよく分からないなぁ」ということが多く。
逆に、未来がどうなっていると嬉しいのかも、よく分からない。
なにより、どうなるのか分かってしまったら、つまらないし怖いです。
映画も、先に筋が分かってしまうと楽しめない方なのです。

それでも、とにかく未来は希望に満ちて、新鮮な喜びに溢れているよう願います。
そんな日々に備えて、今出来ることを、ただひたすらに。
年末の慌しいこの時期、注文をくださる方、店に足を運んでくださる方のおかげで
手を動かし、足を動かし続けられるということ、本当にありがたいです。

ブログって、いつまでデータを保存してくれるのでしょうね。
たどたどしく、自分の道を歩き始めた頃の自分と再会できるこの場所。
これからも時々訪れて、足跡を残したいなと思います。
皆様もどうぞ、楽しいホリデーシーズンと、良いお年をお迎えください。



# by cafe_caraway | 2018-12-13 17:24 | coffeehour



coffee caraway  目黒区五本木2-13-1 火~土曜、12:30-18:30営業 https://c-caraway.com/
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